2012年06月28日

Hiroshima: Kure Naval Arsenal 2

広島旅行2日目―

昨晩は近くの屋台通りに行き、屋台で夕食を摂りました。その後、呉界隈を練り歩き海軍ゆかりの雰囲気を愉しみ早々に就寝。

2日目は午前中に呉港から出航し、江田島へ移動します。


呉港から江田島へのフェリーも、ぐるりんパスに含まれるサービスなので便利です。呉港を出るとすぐに沢山の艦艇が停泊しています。その壮観な様子からもここが紛れも無い「軍港」だということを改めて感じます。


初日に降りしきる雨の名残で、山間部には靄が掛かったまま。






海上保安庁も隣接していました。


フェリーから臨む てつのくじらミュージアム。


呉を発つとすぐにこんな小さな島(岩?)があらわれます。本当に小さい島で、灯台がチョコンと載っているだけで、何となくカップケーキに見えなくも無い。


15分ほどで江田島へ到着。
江田島からはバスが出ているので、それに乗ることに。


2日目午前の目的地はここ、海上自衛隊 幹部候補生学校 第1術科学校、江田島警務分遣隊。


受付開始よりも少し早目に着いてしまったので、付近を散策。・・・散策しようと思っても散策のしようが無いくらいに何も無い・・・です。仕方なく正門の近くで待っている時にふと目にしたのがこちら、正門横の壁。塗装が剥げ落ちているのですが、なんとその形が日本列島にそっくりじゃないですかー。
さすが、日本の国土を守る自衛隊。その思いがこの幹部候補生学校 第1術科学校の壁に形としてあらわれているんですねー!!


海上自衛隊 幹部候補生学校 第1術科学校 (旧海軍兵学校跡地) では、特に事前の申請無しで見学することができます。土日の見学では現役を退いた元海自の方が引率し、ボランティアで中を案内してくれます。

基本的に服装は自由でOKですが、最近流行のダメージパンツや半ズボン、スリッパなどの極度にラフなスタイルはNG。帰らされます。
というのもこの施設の見学コースでは、戦争でお国の為に散った英霊らを祀る施設に行くことが盛り込まれており、礼を欠き、不適切であるという判断があるためです。

英霊らを祀る箇所以外の撮影は、基本的にOKです。


さて、案内されて一番最初に来たのがこちら、綺麗に整地された地面が印象的です。周りに生えている松の木も皆真っ直ぐに伸びています。全てがきちんと整頓されている雰囲気。案内して頂く方も、お年を召していますが、さすがは元・海自の幹部。声が大きく、張りがあり、歩く時も そして立っている時も凛としています。気付くとこちらも思わずシャキっと背筋を伸ばしていました(笑)

案内人の方曰く、「この学校全体が1隻の大きな船と見立てて生活する」んだそうです。ゴミが落ちていればそれは甲板にゴミが落ちているのと同じなので、必ずそうならないように常に心掛けるんだとのことです。

自分自身もそうですが、やっぱりこういう規律を重んじた場所に若い頃放り込まれて、色んな厳しさを叩き込まれた方が良いと思います。徴兵制とまでは言わないにしても、社会勉強とか倫理とか道徳とか、そういう類の授業を盛り込むのもアリだと思います。少なくとも私は若い頃にこういうところに放り込まれるべきだった・・・

髪を金髪にして、耳にはピアスを開けて、夜な夜な繁華街に繰り出しては女の子のお尻ばかり追い掛けて朝まで遊び呆ける。学生時分、そんなことばかりを繰り返していたのは、本当に勿体無い。もっと考えるべきこと、やるべきこと、知っておかねばならないことがあった・・・と今になって思うのです。それには性根を叩き直す必要があっだんだろうと。


大講堂の中に案内して頂きました。この大講堂は、大正6年(1917年)に建築されたもので、当時は兵学校生徒の入校式や卒業式として使われていましたが、太平洋戦争を敗戦で迎え、GHQによる占領下では、教会として使われていたそうです。
約2,000名の収容能力を持つこの大講堂は、現在は幹部候補生、第1術科学校の学生等の入校式、卒業式等儀式に使用しているとのことです。

演壇の奥にある、日の丸と自衛艦旗の間にあるスペースが「玉座」。天皇陛下のみが座ることを許されている場所です。恐れ多くも近くまでは行けました。

さてこの場所、役所広司さん 主演の映画「聯合艦隊司令長官山本五十六」でも使われていましたね。この映画、私も公開と同時に映画館へ観に行きました。大国間での思惑の下、不本意にも第2次世界大戦へ巻き込まれた日本。外務省の伝達ミスにより宣戦布告無しの「奇襲攻撃」となった真珠湾攻撃のシーンでは、思わず涙したものです。米国に戦いを挑んだが為に、多くの人が死んでしまった。
真珠湾攻撃をせず、戦争を回避することができれば、私の祖父も私と会えたかもしれません。


抜群の音響効果が出ており、特にマイク無しでも十分に声が通ります。


幹部候補生学校庁舎、旧海軍兵学校生徒館で、通称「赤レンガ」と呼ばれるそうです。建物はイギリス人建築家による設計。色鮮やかなレンガは、通常のレンガよりも高温で焼き上げられたものだそうで、遠くからの見た目に反して表面は肌理細やか、ツルツルです。


幹部候補生学校庁舎を横から見るとこんな感じに、向こうの端まで見通すことができます。


そして最後に案内されたのがここ、「教育参考館」。
ギリシャ神殿風の鉄筋コンクリート 2階建てのこの建物は、兵学校卒業生の積立金及び一般企業等の寄付をもって、昭和11年(1936)に建築。年間7万人が訪れるこの場所には、東郷平八郎 元帥や山本五十六 連合艦隊司令長官 を始め、多くの戦史にまつわる資料が展示。その中には神風特攻隊として、若くして命を賭して250Kgの爆薬と共に散った英霊らの遺書や遺品も多く残されている貴重な資料が展示されています。

その為、館内の撮影はNGで、無論 脱帽しての入館となります。

中でも、日本の将来を信じ、自らの命と引き換えに特攻隊として命を落とした若者が綴る遺書を読むと、胸が張り裂けそうになり、人目をはばからず大声で嗚咽をあげて泣きました。
今の日本は、命を賭して戦った彼らに顔向けできる状況なのでしょうか・・・。政治家のセンセイが要職に就く場合、職責を全うすることへの宣誓と併せて、こういう場所に来て遺書を読むというのも必要なんじゃないかなと思います。


ハワイ・真珠湾攻撃の際に使用された5隻の特殊潜航艇の1隻。昭和35年に米海軍により真珠湾外で発見され、引き上げ。翌年に日本へ戻っり、最初は横須賀に持ち帰られ、その後ここ第1術科学校へ移されたそうです。


戦艦大和の主砲砲弾。


江田島から戻り、再び大和ミュージアムのある呉港へ。ちょうど昼食時間だったので、シーサイドカフェビーコン(BEACON)で食事を摂ることに。


左手前が「士官さんのカレー」で、右奥が「海軍さんのカレー」。じっくり煮込んだ柔らかい肉があるか無いかだけの違いです。士官さんのカレーは、値段は高めで強気の1,400円 (だったかな・・・) !! うーん、家で食べた方がいいかな。
Posted by ahahamaster at 19:26│Comments(0)
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